民法改正における消費貸借について詳細解説

2020年4月1日に民法が改正されます。
消費貸借の分野でも、解釈で済まされていたものが明文化されていたり変更されていたりしています。
なので、今回は、
について解説していきたいと思います。
1 消費貸借の成立
モデルケース
AはBに所定の条件で金銭を貸し付ける旨合意したが、貸付金は未だAからBに実際に交付されていない。これを前提に次の問題を考察する。
(1)Aが貸付けを取りやめると主張した場合、AはBに対し、債務不履行を理由に損害賠償責任を負うか。
(2)Bが借入れを取りやめると主張した場合、BはAに対し、債務不履行を理由に損害賠償責任を負うか。
(3)Aに対して貸付金の給付を求めるBの権利は譲渡・差押えの対象となるか。
引用文献:民法改正before/afteer
(1) 旧法のおさらい
消費貸借契約・・・原則、要物契約であり、無利息。 但し、判例では、「解釈上の要物性の緩和」により諾成契約も認められている。
※利息は、消費貸借の合意とは別に合意が必要(旧590条1項)
利息の発生日は元本の受領日(=契約の成立日)
・判例「解釈上の要物性の緩和」の例
ex:目的物授受前の抵当権設定・公正証書の作成の場合
①抵当権につき、判例は、その付従性を緩和することによって有効性を認めている。
②公正証書につき、請求が他の請求と区別して認識できる程度に具体的に記載されていれば、その記載方法が多少事実に合わなくてもその性質を根拠に有効性を認めている。
ex:当事者間において貨幣の授受を必要とせず、直接の授受がない場合
①借主の代理人に交付すれば足りる。
②連帯債務者の一人に対する交付で足りる。
③借主の第三者に対する債務を弁済するために、金銭を第三者に交付する場合でもよい。
④第三者から借主に交付させる場合でもよい
モデルケースにおいて、要物契約を前提とする説ではモデルケースの(1)(2)のどちらの場合でも債務不履行を理由とした損害賠償責任は生じない。
また、金銭の交付前は金銭の給付請求権も存在しないので、それを対象とする(3)譲渡・差押えもできません。
前提:要物契約 | モデルケース(1) | モデルケース(2) | モデルケース(3) |
問題 | × | × | × |
一方、諾成契約も認める説では、諾成的消費貸借目的物の交付前に貸主に「貸す義務」を負わすために当事者が作り出した無名契約であるからモデルケースの(1)の場合、Aは金銭の交付前でも貸す義務の不履行を理由に旧419条によりBに対して損害賠償責任を負います。(2)のBが借入を取りやめた場合、借主には借りる権利はあっても借りる義務はないため、債務不履行責任は生じないとするのが通説的見解です。
また、諾成的消費貸借において、貸主に貸す義務が認められるから、BのAに対する金銭の給付請求権は観念でき、(3)の場合、貸付金の交付前にそれを対象とした譲渡や差押えもできます。
諾成的消費貸借 | モデルケース(1) | モデルケース(2) | モデルケース(3) |
問題 | 〇 | × | 〇 |
ただし、諾成的消費貸借において、AとBのいずれかが破産手続開始決定を受けた場合、貸す義務をAに等しく負わせる消費貸借の予約に適用される旧589条が類推適用され、契約は失効するため、(1)(2)のいずれも債務不履行を理由とした損害賠償責任は生じず、金銭給付請求権の譲渡・差押えもできません。
(2)改正によって
消費貸借契約・・・①要物契約(原則 無利息)
②要式契約としての諾成的消費貸借(書面で合意が必要)
※利息は、消費貸借の合意とは別に合意が必要(新589条2項)
利息の発生日は元本の受領日(=契約の成立日)
改正民法では、貸主及び借主による軽率な契約締結を防止するため旧法で判例上認められていた不要式契約である諾成的消費貸借を否定して、書面が必要な要式契約としての諾成的消費貸借のみ認められました。
なお、メールなどの電磁的記録によって締結した場合も書面としてみなされる点に注意が必要です。
モデルケースにおいて、要物契約として認められる場合は、旧法と同じ結論をとり、書面による合意を必要とする要式契約としての諾成的消費貸借が認められる場合には、(1)と(3)は旧法下の諾成的消費貸借と同じ結論をとり、(2)は、借主の保護に立ちながらも、目的物の受領前には、借主は任意に契約を解除できるとしたうえで、解除による損害が生じた場合には貸主に損害賠償する必要があります。
ここでいう損害としては、弁済期までの利息は当然には含まれず、貸付金の調達コスト等の積極損害が想定されています。
前提:要物契約 | モデルケース(1) | モデルケース(2) | モデルケース(3) |
問題 | × | × | × |
書面要式契約 | モデルケース(1) | モデルケース(2) | モデルケース(3) |
問題 | 〇 | 〇 | 〇 |
また、旧法下での諾成的消費貸借に類推適用されていた旧589条は削除され、新587条の2第3項が、書面を必要とする諾成的消費貸借を直接適用される形に改められています。
よって、書面を必要とする諾成的消費貸借の場合に、貸主又は借主に破産手続き開始決定を受けたときには旧法と同じく、債務不履行責任は生じず、金銭給付請求権の譲渡・差押えもできません。
旧589条 ⇒ 削除 対応規定:新587条の2第1項
旧589条
消費貸借の予約は、その後に当事者の一方が破産手続開始の決定を受けたときは、その効力を失う。
新587条の2第1項
前条の規定にかかわらず、書面でする消費貸借は、当事者の一方が金銭その他の物を引き渡すことを約し、相手方がその受け取った物と種類、品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約することによって、その効力を生ずる。
2項
書面でする消費貸借の借主は、貸主から金銭その他の物を受け取るまで、契約の解除をすることができる。この場合において、貸主は、その契約の解除によって損害を受けたときは、借主に対し、その賠償をすることができる。
3項
書面でする消費貸借は、借主が貸主から金銭その他の物を受け取る前に当事者の一方が破産手続き開始決定を受けたときは、その効力を失う。
4項
消費貸借がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは、その消費貸借は、書面によってされたものとみなして、前3項の規定を適用する。
参考文献:有斐閣判例六法
2.貸主の引渡義務
(1) 旧法のおさらい
消費貸借契約において、隠れた瑕疵が存在した場合、借主を保護するために貸主に無過失の担保責任が認められていた。(旧590条)
これには、利息の有無により貸主の担保責任に違いがあります。
利息付消費貸借の場合・・・代物請求、損害賠償請求が認められる。
無利息消費貸借の場合・・・原則、担保責任は認められない。
例外、「貸主がその瑕疵を知りながら借主に告げなかった時」に限り、代物請求、損害賠償請求が認められる。※
※強行規定ではないため、当事者間において、別段の定めをすることができます。
また、旧590条2項で無利息消費貸借の場合に、瑕疵ある物を交付された借主は瑕疵のある物の価格を返還することができると規定されているが、これは、利息付消費貸借の場合にも適用されると一般的に解釈されています。
(2)改正によって
改正民法では、消費貸借の目的物が当該消費貸借契約の趣旨に適合しない場合における貸主の担保責任について次のように規定された。
利息付消費貸借の場合・・・契約不適合責任(新559条)
無利息消費貸借の場合・・・贈与者の担保責任(新551条)
贈与者の担保責任とは
新551条の推定に対する反証がなされた場合又は負担付贈与の場合、受贈者は債務不履行の一般的な規律に従い、損害賠償請求、解除、追完請求、減額請求ができます。
新551条1項
贈与者は、贈与の目的である物又は権利を、贈与の目的として特定した時の状態で引渡し、又は移転することを約したものと推定する。
2項
負担付贈与については、贈与者は、その負担の限度において、売主と同じく担保の責任を負う。
参考文献:有斐閣判例六法
上記条文の「贈与の目的として特定した時の状態」とは
特定物の贈与においては贈与契約を締結した時の状態を指し、それ以外の贈与においては目的物が特定した時の状態を指します。
また、旧法では、条文上無利息消費貸借の場合のみ認められていた借主からの価格返還が、契約不適合の目的物と同じ程度に契約不適合の物を調達して返還するのは困難であるため、利息付消費貸借においても条文上規定されることになりました。(旧法でも解釈では認められていた。)
新590条1項
第551条<贈与者の引渡義務等>の規定は、前条1項の特約のない消費貸借について準用する。
2項
前条第1項の特約の有無にかかわらず、貸主から引き渡された物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しないものであるときは、借主は、その物の価格を返還することができる。
参考文献:有斐閣判例六法
3.返還の時期
(1)旧法のおさらい
(ア)貸主からの返還請求
- 返還時期を定めた場合⇒原則 できない。
例外 借主が期限の利益を放棄・喪失した場合
- 返還時期を定めてない場合⇒いつでも相当期間を定めて催告し、できる
(イ)借主からの返還
返還時期にかかわらず、いつでも返還できる。
(期限の定めある場合は期限の利益の放棄をすることで返還できる‐旧136条2項)
※利息付消費貸借の場合は期限または返還までの利息を要する
※旧136条2項但し書きに期限の利益の放棄によって相手方の利益を害することはできないと規定いるため、借主は貸主に対して損害賠償責任を負う
(2)改正によって
(ア)貸主からの返還請求
- 返還時期を定めた場合⇒旧法と同じ
- 返還時期を定めてない場合⇒相当の期間を定めて返還の催告し、催告の後相当の期間が経過することで借主は履行遅滞の責任を負います。
(イ)借主からの返還
返還時期にかかわらず、いつでも返還できる。(新591条2項)
※借主による期限前の返還により貸主に損害が生じた場合、貸主は借主に損害賠償請求をすることができる。(新591条3項)
※旧法下では、旧136条の2項を根拠条文としていたが、期限前の弁済に関する損害賠償の条文が新たに新591条3項として新設されたことにより新591条3項を根拠条文としています。
まとめ
消費貸借についても、実際運用が始まってからでないとわからない点もあるため、これからの判例などに注目していく必要があると思います。