民法改正|新設される定型約款について詳細解説
現代社会では、いわゆる約款に基づく取引が広く行われています。
しかし、今まで約款に関する法整備はされていませんでした。
そこで、2020年4月に債権法改正に伴い、定型約款として、新設されることになったため、その定型約款に関して徹底解説していきたいと思います。
目次
現行制度下での約款とは
(1)約款とは
例えば、クレジットカード約款、保険約款、預金約款、運送約款等がこれにあたります。
これらのように多数の相手方との契約に用いられるためにあらかじめ定式化された契約条項の一群を「約款」と呼びます。
約款による取引の問題点
約款による取引では、画一的な内容の契約条項を準備することで、合理的かつ効率的に多数の取引を行うことを可能としています。
その反面、相手方は約款の内容を認識していないことがあり、相手方の利益が害される可能性があります。本来、当事者の合意がないのに契約が拘束力を生じることはないはずです。
改正前民法においては、約款を用いた契約では、相手方が約款の内容を理解したうえで合意したとは言い難いので、約款による契約の拘束力が認められるかは不明確な状態でした。
判例においては、約款の内容をすべて認識している必要はなく、約款によるものとされる意思が推定されれば、拘束力を認めるという意思推定説の立場をとっています。
(2)普通約款の拘束力に関する判例の要旨
約款による意思の推定[大判大4・12・24]
火災保険契約の一方の当事者である保険者が我が国において営業する以上、その保険者が内国会社であると外国会社であるとを問わず、当事者双方が特に普通保険約款によらない旨の意思表示をせずに契約したときは、その約款による意思をもって契約をしたものと推定すべきである。
約款の内容を知悉していなかった場合
我が国において火災保険事業を営む外国会社に対し、その会社の作成にかかる書面であって、その会社の普通保険約款による旨を記載した申込書に保険契約者が任意に調印して申込みをして火災保険契約をした場合には、たとえ契約当時その約款の内容を知悉していなかった場合でも、これによる意思で契約をしたものと推定される。
約款の拘束力を否定[札幌地判昭和54年3月30日判時941号111項]
若年者が被保険自動車を運転中に事故を起こし、保険者が26歳未満不担保契約を根拠に免責を主張した。募取法(保険募集の取締に関する法律)16条1項1号(現保険業法300条1項1号)違反により、不法行為責任が成立するという前提に立ち、26歳未満不担保契約は同条の「重要事項」にあたるとした。この26歳未満不担保特約は、保険会社側が保険契約者に無断で同特約を付帯し、それを保険契約者に対して適切に説明していないことにより、本件契約には同特約が含まれていないと解釈される。
定型約款
(1)定型約款の位置づけ
改正民法が適用されるのは、定型約款のみになります。現行制度下で使われている約款については、定型約款の要件を満たさないものには、改正民法は適用されないため、現時点で約款の取引をしている者は、定型約款の要件に該当するか確認する必要があります。
(2)定型約款の定義
改正民法では、従来の学説で約款とされたもののうち定型約款を不特定多数の者を相手方として行う取引(定型取引)で、その内容が画一的であることが取引の当事者双方にとって合理的であり、それらを契約の内容とすることを目的として、あらかじめ準備された条項の総体と定義しています。
定型取引に当たるための2つの要件
(1)「ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引」
ここでいう取引は、相手方の個性に着目せずに行う取引を指します。特定多数の者を相手方とする場合にあっても、相手方の個性を着目せずに行う取引であれば、要件を満たします。
(2)「その内容の全部又は一部が画一的であることが当事者双方にとって合理的なものであること」
当事者一方のみにとっての主観的な利便性があるというだけでこの要件を満たすわけではなく、その取引の客観的態様およびその取引に対する一般的な認識をふまえて、契約の相手方が交渉を行わずに一方当事者が準備した契約条項の総体をそのまま受け入れることが合理的といえる場合でなければならない。
なお、「全部または一部」とあるように、一部については合意による交渉があり得るという場合にはその部分は定型取引となりません。
・定型約款に該当する具体例
ex.預金規定、コンピュータのソフトウェアの利用規約、保険約款、クレジットカード規約、事業者・消費者間契約で事業者が使用する約款
・定型約款に該当しない具体例・理由
ex.契約書のひな形・・・契約内容が画一的である理由が単なる交渉力の格差である場合には、契約内容が画一的であることが相手方にとっては合理的とはいえないため、定型約款に該当しません。
ex.労働契約・・・相手方の個性に着目して締結されるため、「定型取引」に当たらない。
ex.事業者間契約において利用される約款・・・取引が相手方の個性に着目していれば、不特定多数の要件を満たさない。
※改正民法は事業者間契約を一律に定型約款から除外するという立場はとっておらず、事業者間契約で使われる約款についても、定型約款に該当する余地を残している点に注意が必要です。
定型約款を契約の内容とするためには
(1)定型約款のみなし合意
(1)みなし合意の要件
改正民法は、定型約款によって契約内容が補充されるための要件、すなわち、定型約款を準備した者の相手方が定型約款に含まれる個別条項に合意したものとみなされるための要件として次の2つを定めています。
- 定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき 又は
- 定型約款を準備した者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたときには、
定型約款の個別条項についても合意したものとみなすこととしています。
①では、相手方が定型約款の中身自体は知らなくても、その定型約款を契約に組み入れることを合意さえすれば、定型約款が契約の内容になります。
また、②においては、「その定型約款を契約の内容とする旨」を「あらかじめ」相手方に表示することがみなし合意の要件とされていますが、約款の内容そのものを契約締結時までに前もって相手方に示すことや、相手方が合理的な行動をとれば、約款の内容を知ることができた機会が確保されていることまでは要件とされていません。
(2)特別法によるみなし合意の要件の緩和
本来、定型約款を契約の内容とするためには、相手方に表示する必要がありますが、鉄道・バス等旅客運送取引、郵便事業や電子通信事業関係取引などあらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示することすら困難である取引に関しては、それぞれの業種の特別法でみなし合意の規定が設けられ定型約款のみなし合意の要件の緩和がされています。
・特別法によるみなし合意の要件
- 取引自体の公共性が高いもの
- 定型約款を契約内容とする必要性が高いもの
- 定型約款によって契約内容が補充されることを定型約款を準備する者があらかじめ公表すること
みなし合意からの除外規定
(1)みなし合意からの除外規定とは
定型約款を用いた取引をする際、相手方は定型約款を読まずに取引に入ることが多いにもかかわらず、定型約款準備者が相手にとって不当な条項や不意打ちになる条項を定型約款に紛れ込ませていた場合にまで、当該条項が契約の内容とならないように、改正民法では、定型約款に係るみなし合意の除外規定が設けられています。
第548条の2第2項
前項の規定にかかわらず、同項のうち、相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第1条第2項(信義則)に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなす。
参考文献:有斐閣判例六法
(1)除外される条項とは
具体的にみなし合意から除外される条項は大きく分けると、2つの類型があります。
- 不当条項
ex.相手方に過大な違約金を支払わせる条項,定型約款準備者に対する賠償額が不当に低く制限されたりする条項
- 不意打ち条項
ex.定型取引とは全く関係のない英会話の教材がセットで販売される条項,定型取引の商品について予想できない保守管理がセットになっている条項
これらが、相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして信義則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められる場合は、みなし合意から除外されます。
みなし合意からの除外規定は、上記の2類型を一本化したものだといえます。
(2)消費者契約法との違い
(1)考慮要素の違い
定型約款におけるみなし合意からの除外は、消費者契約法10条不当条項とは似ているが、考慮要素や視点に違いがあります。
消費者契約法の規定は、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者の条項であって、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものを無効とする規定です。
一方、定型約款の場合は、「定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして」とあり、考慮要素に違いが出ています。
これは、定型約款の内容を具体的に認識しなくとも定型約款の個別条項について合意したものとみなされるという定型約款の特殊性や取引の態様、取引上の社会通念を考慮するものです。
(2)適用範囲の違い
消費者契約法は、消費者取引にしか適用されないが、定型約款のみなし合意からの除外は、事業者間取引でも適用される点においても違いがあります。
第10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する条項であって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。
参考文献:有斐閣判例六法
定型約款の内容の表示
(1)定型約款の開示請求
第548条の3第1項
定型取引を行い、又は行おうとする定型約款準備者は、定型取引合意の前又は定型取引合意の後相当の期間内に相手方から請求があった場合には、遅滞なく、相当な方法でその定型約款の内容を示さなければならない。ただし、定型約款準備者が既に相手方に対して定型約款を記載した書面を交付し、又はこれを記録した電磁的記録を提供していたときは、この限りではない。
参考文献:有斐閣判例六法
改正民法では、取引の実態に合わせて、常に事前の開示を要求するのではなく、取引の相手方から請求があった場合に開示すればよいとされました。というのも相手方の請求がない場合であっても常に、事前の開示を要求するとかえって煩雑になってしまうからです。
(2)定型約款の不開示又は開示拒否
定型約款を開示しなかった時
定型取引合意の前又は定型取引合意の後相当の期間内に相手方から請求があった場合に、定型約款準備者が定型約款を開示しなかった時でも、定型約款は契約の内容になるが、定型約款準備者には開示義務の不履行があるため、債務不履行責任や損害賠償等が問題になる可能性があります。
事前開示を不当に拒んだ場合
第548条の3第2項
定型約款準備者が定型取引合意の前において前項の請求を拒んだときは、前条の規定が適用しない。ただし、一時的な通信障害が発生した場合その他正当な事由がある場合は、この限りではない
参考文献:有斐閣判例六法
改正民法では、相手方が定型取引合意前に、定型約款の開示を請求したにもかかわらず、正当な事由なく、定型約款準備者が拒んだ場合には、みなし合意の規定は適用されないため、定型約款は契約の内容にはならない。
また、この場合とは別に、相手方の開示請求が定型取引合意の後であれば、定型約款は契約の内容になりえるので注意が必要です。
(6)定型約款の変更|経過措置
(1)定型約款の変更
定型約款の変更要件(①or②+③)
- 定型約款の変更が相手方の一般の利益に適合するとき、又は
- 定型約款の変更が契約をしたとき目的に反せず、かつ変更の必要性、変更後の内容の相当性、定型約款の中に変更に関する定めの有無やその内容その他変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき
- 定型約款準備者は、変更する旨、変更の内容、変更の効力発生時期をインターネット等の適切な方法であらかじめ周知すること
改正民法では、上記要件に該当すれば、変更条項の規定がない場合であっても、定型約款を変更することは認められています。
ですが、変更の対象や要件等を具体的に定めた変更条項があらかじめ規定されている場合であれば、その変更条項に基づく変更は、変更の合理性を判断するにあたり有利な事情となりうるため、考えられる変更条項が用意しておいた方がよいといえます。
また要件の②に関しては効力発生時期までに周知しなければ効力が生じない点にも注意が必要です。
一方要件の①に関しては、不特定多数の相手方に利益となることから、効力発生時期を超えて周知されても、効力は生じるとされています。
(2)変更条項をいれるべきか
新548条の4の第1項の②に「この条に規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無」とあるので、必ず変更条項がないと、変更できないというわけではないですが、入れておいたほうがよいと考えられます。
ex:銀行などの変更条項例
(1)本利用規定の各条項および期間その他の条件は、金融情勢その他諸般の状況の変化その他相当の事由があると認められる場合は、店頭表示、ホームページへの掲載その他相当の方法で公表することにより変更できるものとします。
(3)経過措置
新法附則33条1項
新法548条の2から第548条の4までの規定は、施行日前に締結された定型取引に係る契約についても、適用する。但し、旧法の規定によって生じた効力を妨げない。
参考文献:有斐閣判例六法
定型約款に関する改正民法の規定は、施行期日前に締結された定型取引に係る契約についても適用されるので注意が必要です。つまり、旧法下で有効であった定型約款は、その有効性が改正民法によって明らかとなり、さらに変更規定も適用されることを意味しています。
まとめ
今回民法改正に伴い、新設された定型約款の規定ですが、これから実務で運用されてからいろいろな問題も出てくるかと思われます。
判例や附則に注意しながら正しく運用していく必要がありますね。